2008年5月31日土曜日

消えた美女


揚げ足を取る気なんてぜんぜんないけれど、街で見かけるフランス語は不正確なものが多いですね。それはなんでもない喫茶店の名前から、パンやケーキの名前までさまざま。


なんだか具体的に名前を挙げるのは申し訳ない気するけれど、日本のフランス語教員誰一人知らぬもののない有名なマチガイといえば、人気の洋服ブランド、COMME ÇA DU MODE です。comme ça (コムサ)は、英語で言えば like this。「こんな風に」、というところでしょうか。で問題は後半です。「ファッション」という意味なら、mode は実は女性名詞なので、du が付くことはありません。で男性名詞の mode はというと、「方法、やり方」。ムリにこじつければ、「こんな風だよ、ある量の方法は」、でしょうか? どうも A がもらえそうにはありません。(ただ、「8時だよ、全員集合!」には、ちょっと似てます。)


今朝、職場の大学へ向かう道をクルマで走っていて、ある駅前の交差点で止まったときのことです。今日は土曜日のせいか、そのあたりはいつもより交通量が多く、ふだんあまり止らない位置で停車しました。そしてなにげなく窓の外を見ると、真正面のこぎれいなマンションの前に、大きくこう書かれていました。


BELLE ÉTOILÉE


う~ん。第一観は、これはきっと、BELLE ÉTOILE(ベル・エトワール、美しい星)のマチガイだろう、ということでした。でも待てよ、étoilé (エトワレ)というのは、「~を(星のように)ちりばめる」という動詞の過去分詞だったよなあ、ということは、前の belle が名詞だったら…… あ、belle は名詞もあるんだった、しかもその意味は、「美女」! ということは、このマンションの名前は、「(~を星のように)ちりばめられた美女」!!


なんだかすごくこった名前だなあ、しかも、ナニがちりばめられているか明示していないあたり、想像力がかきたてられるし…… なんだか急に、このマンションに住みたくなってきたぞ……


などと思っていると、車の列はゆっくりと動き始めました。わたしは、もう一度謎の美女に別れを告げるべく、今ではミステリアスな雰囲気さえ帯びたマンションを、横目で見やりました。そしてその時です。今度わたしの目に飛び込んできたのは、入り口脇のゴミ袋の山の上に突き出た、鉄製の立て看板でした。


ベル・エトワール専用ゴミ置き場


わたしは顔を前に向け、少しずつスピードを上げてゆきました。現れたと思った途端、市の指定ゴミ袋の彼方に消えてしまった、きらめく美女のことを思いながら……(でもなあ、étoilée は性・数一致までして文法的に正しいし、誰かがわざと、謎の美女を忍び込ませたのかなあ……)

2008年5月30日金曜日

1夜で2度おいしい!


フランス料理を出す店はたくさんあるし、そんなにたくさんの店に行ったことがあるわけでもないのだけれど、それでもまあ好きなお店はいくつかあります。中でもお気に入り(といっても、最近はなかなか行かれない……涙)なのが、新宿厚生年金会館の並びにある、ビストロ・エトランジェです。小さな店だけれど、料理がおいしいのはもちろん、居心地もいいし、内容からすれば値段も安い。お店の人もいい感じ。(わたしが特に好きなのは、ラムを使った料理です。)


そしてこのエトランジェに行ったのが、もしも土曜の夜だったら、そしてもしもあと500円足せるなら、かなりのお楽しみを追加することができます。それは……


新宿末広亭(写真)をご存知でしょうか? ちょっと新宿をぶらぶらしたくらいでは、なかなか前を通ることはない場所ですが、たとえばイセタンからなら、5分もかからないところにあります。そうです、エトランジェでのおいしい食事の後、この末広亭に回るのです!(エトランジェからなら、ふらふらーほろ酔いでー歩いて7,8分。)でも、どうして土曜日なのか? それは毎週土曜日の9:30から、「深夜寄席」が開かれるからです。その木戸銭がわずか500円! というわけなのです。


「深夜寄席」の出演者は、HPを見ればわかりますが、はっきり言って、出演者は誰でもいいのです、誰でもおもしろいのですから! (まあ、ちょっとくらいは寒い演者もいないとは言いません。でも、寒い寒いもおもしろいの内!)ただ、5,6年前はガラガラだったこの興行も、このごろはそこそこ混んでいます。9:30ぎりぎりではなく、少し早めが安全です。


寄席に行ったことのないワカモノもきっと多いことでしょう。今に生きる古典芸能、と言うとおおげさですが、経験してみる価値は十分あります!(まったりデートにも向きます。)


フランスと和を、おいしくおもしろく混交する1夜。こうして書いているうちに、わたしもまた(とっても)行きたくなってきました。では、いい夜を!

2008年5月29日木曜日

「夜の風呂」


今週の「<東京>詩」ゼミでは、朔太郎とともに、その「モトネタ」ともいえるボードレールに登場してもらいました。2人を結ぶキーワードは、「群集」。単なる雑踏ではありません。「群集」というもの自体に、そこに飛び込んで泳ぐことに新しい価値を見出した、と言っていいのでしょう。


ところでボードレールは、詩「群集」の中で、bain de multitude 「群集という風呂」に入る、という言い方をしています。そう、たしかに大きな波のような群集のただ中にいるときは、そこに「浸っている」感じはありますよね? そんな感じなのでしょう。


そういえば、bain de soleil 「太陽の風呂」というと、これは「日光浴」のこと。よく見れば、日本語にも「浴」の文字が。フランス語も日本語も、日の光、熱、暑さなどを、ひっくるめて「水」関連の語彙で表現していることになります。おもしろいです。


bain de nuit 「夜の風呂」。これは偶然、月曜日のレナさんたちとの雑談で出てきた言い回しなんですが、なにを指してると思いますか? 比喩は比喩ですが、ぜんぜんひねってません…… 実はこれは、夜の海に裸で入ること、くらいの意味だそうです。え? 夜の海、こわいですか? わたしもです! あんな暗い水に、裸で入るなんて!(でもちょっとスリリングかも。)


日本人は、風呂好きだって言われます。たしかに、気持ちいいものですね、温かいお湯に体を浸すのは。で、ああいう気持ちよさって、日本語でなんて言うんでしょう?


なぜこんなことを言うかといえば、フランス語にはvolupté (ヴォリュプテ)という単語があり、「ああいう気持ちよさ」を表しているらしいからです。(この単語を辞書で引くと、「感覚的悦楽(!)」とありました。)


そうそう、フランス語には、bain-marie 「湯煎鍋」 という単語もあります。このmarie というのは、「小学館ロベール」によれば、伝説上の錬金術師、Marie-la-Juive の名前からきているそうです。まあたしかに、湯煎はどこか錬金術的な気もしますけど…… このへんの事情は、『バン・マリーへの手紙』(堀江敏幸)にも登場します。堀江さんの名文で、続きをどうぞ! 

2008年5月28日水曜日

牛丼? 白粥?


歌の良し悪しはよくわからないけれど、でも歌を読むのは好きです。最近、たまたま本屋で見つけて、とても教えられたのは、『短歌の友人』(穂村弘)という本。

これは、自身も歌人である著者が、これまでに出会ってきた短歌の中から、これはと思うものを、しかもさまざまな切り口で紹介してくれた本です。孫引きで恐縮ですが、たとえば巻頭のこんな歌;

電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言ってよ (東 直子)

おもしろ~い! じゃあこれは;

173cm51kgの男憎めば星の匂いよ (山崎キョウコ)

ぐっときますね? じゃあこれは;

カップ焼きそばにてお湯をきるときにへこむ流しのかなしきしらべ (松木 秀)

この歌について穂村氏は、「こんなみじめな悲しみに出会ったのは初めてだ」と書きます。そしてもちろん、この本で引用されている歌の中には、わたしの好きな歌人の歌もありました。たとえば、斉藤斉藤。(打ちまちがえじゃないですよ。斉藤×2です。)これは引用はされていませんが、わたしが好きなのはたとえばこれ(『渡辺のわたし』より);

セブンイレブンからのうれしいお知らせをポリエチレン製で無害の袋にもどす

この瞬間に、立ち会ったことがある気がします。じゃあもう1つ。

牛丼の並と玉子を注文し出てきたからには食わねばなるまい

ほら、もう明日から、この歌を思い出さずに吉野家のカウンターに座ることはできません!(それにしても、「食欲」ってなんなんでしょうねえ?)ああ、最後のつもりだったのに、牛丼で思い出した句があります。今度はちょっと古くて、室生犀星(むろうさいせい)。

白粥(しろがゆ)に たまごがひとつ おはします

これは、実家で「卵かけごはん」を食べるとき、父親と弟が、いつも呪文のように唱えていた句です。今ではわたしも、これなしに「卵かけごはん」を食べることはできません。やっぱり、歌を読むのは楽しいです!

小さな太陽


もしもわたしに、明るく輝く小さな太陽が作れて、しかもそれがリモコンで動かせるとしたら、まちがいなくわたしは「アーティスト」になれるだろう、と思いました。というのも……


昨日の大学からの帰り道のことです。通いなれたいつもの道を、わたしはクルマで走っていました。ただ昨日は、若い英語の先生と楽しく話し込んでしまい、いつもより30分ほど遅い、6:40頃でした。


もうかなり家に近いところに、ゆるく右折する交差点があるのですが、異変が起こったのは、その右折をした直後でした。真正面に、突如おおきなオレンジの太陽が現れたのです! 前を走るクルマも、道の両側の建物も、かすんだようなオレンジの光の中で、はじめて見るような姿です。(あとで計算してみたら、わたしはこの道を、もう500回くらい走っているのに、です。)太陽の光に、こんなに風景を変えてしまう力があったなんて!

                                               小さなオレンジの太陽、あなたならどこに置いてみますか? 地下鉄のホームに? 森の奥深くに?  夜の海岸に? それとも……? 

2008年5月27日火曜日

空を滑る


昨日の収録の合間、といっても「休憩時間」ではなく、本当に録音と録音の間の1分間待ちの間に、わたしはふと、レナさんに訊いてみました。

                                               「光陰矢のごとし、は……?」
「Le temps s'envole. 時は飛び立つ、かな」
「鳥みたいに?」
「そう。地面から。枝先から」
「じゃあ英語とちがうね?」
「英語は、Time flies... like an arrow. そうか、矢のように、か」
「s'envoler(飛び立つ)は、fly と同じじゃないでしょ?」
「ちがうんですよ。fly は、voler(飛ぶ)だから」
「そういえば、planerプラネっていう動詞あったよね」
「え~と、日本語だと?」
「フツーはね、滑空する、って訳すのかな」
「カックウ? 聞いたことないなあ」                                            
                                               何を隠そう、わたしが「滑空する」という日本語を初めて知ったのも、大学生の頃、辞書でこのplaner を引いたときでした。鷲のように、グライダーのように、空を滑る…… planer=滑空する、という語を知り、ほんの少し、世界が精巧なものになった気がしました。そして今でも、これはまあまったく勝手な使い方なのですが、長く続く坂道を、アクセルもブレーキも使わずに運転しているときなど、この planer=滑空する、という語が頭をよぎります。


「でもね」とレナさん、「Je plane ! (わたしは滑空してる。)って言うと、わたしはぼ~っとしてる、心ここにあらず、って感じなんですよ」
「はい、ではオープニングの音楽流します!」


そのシゲピョンの一声で、二人は仕事モードに。10秒後には、Fergie(ファーギー)の「パラダイス」が流れ始めます。さ、いくぞ!

2008年5月26日月曜日

今日は収録日。


今日は「まいにちフランス語」の収録でした。1時から5時までの4時間で、取ったのは5課分。まあ、がんばれば6課分取れるんですが、どうも休憩時間の雑談が盛り上がり過ぎてしまい、つい仕事時間が減ってしまうのでした。雑談のメンバーは3人。レナさんとわたしと、収録担当で「編集の鬼」と呼ばれるシゲピョンです。今日は何の話をしたかと言うと…… レナさんがリオで迎えた21世紀の新年のこととか、シゲピョンのタヒチ珍道中(?)とか。わたしはただうなずいているだけです。(でもないか?)


「まいにちフランス語」は、わたしとレナさんにとっては、大きく分けて3つの仕事でできています。まず、なんといっても「テキスト作り」。これは一応わたしが書いていますが、レナさんがしょっちゅう「いい考え bonne idée 」をくれるので、なるべくそれを生かすようにしています。(たとえばだいぶ先ですが49課。ここには「なにを/誰を」の表現が3つずつ出ています。これはおそらく、めったにない書き方なんです。レナさんのアイディアです。)それから、CDの制作。そして3つ目が、放送の収録です。


この3つの中で、明らかに1番楽しいもの、それは今日のような「放送収録」です。体(といっても主に喉ですが)を使うのもいいし、まあまちがえてもシゲピョンが編集してくれるから安心だし、雑談のときはお菓子も出るし! (CD制作のときも、担当のサッチャンがおいしいお菓子を選んできてくれます。それはとても楽しみなのですが、こちらは、74分に収めなければというプレッシャーがあり、「楽しむ」境地にあと半歩、というところです。)


レナさんは、たいていチョー元気です。彼女は、日仏学院の生徒さんたちから、「どうして先生は、いつもそんなに高いテンションでいられるんですか?」と訊かれるそうですが、わたしも生徒さんたちと同じ気持ちになることがあります。レナさんは、わたしの知っている限りでは、one of the best teachers です。わたしも、レナさんに習いたかった!


評論家の立花隆さんが、昔ある記事の中で、大学で授業に出る時間をすべて読書に充てる、という考え方を紹介していました。たしかに、現在大学で教えている先生たちの中にも、あまり授業は出なかったなあ、とのたまう方もいらっしゃいます。ただ、やはり授業というのは魅力的です。なにしろライブで、生身の対決(?)なんですから。だからこそ(かつては欠席がちだった)先生たちの中にも、今ならオニ出席なんだけど、とおっしゃる方もいます。わたしも、そっち派です。


さて、「まいにちフランス語」リスナーの方に、1つお知らせです。6月には、「数字」が出てきます。(1度にではなく、少しずつですが。)で、7月に入ると、オープニングに「数字聞き取りコーナー」が登場します。というわけなので、どうぞそのつもりで、数字の練習にいそしんでくださいませ。ただし数字は、つづれる必要はありません。言えて、聞き取れれば、それでOKです。クイズみたいで、楽しいです!(そうそう、レナさんによる、「歌のお姉さん」コーナーも新設します。癒されます!)


6月上旬には、8月分のCD収録があります。今は、その準備を進めているところです。おいしいメニュー、期待しててください!(写真は、今日の収録中のレナさん。)

2008年5月25日日曜日

完璧な気象予報士


東京といっても、かなり奥まったこのあたりには、まだまだ緑、しかも人工的ではない緑が残っています。そして5月も終わり近いこの時期になると、緑は一段深さを増し、なんというか、いわば「沈黙」のようなものを、胸のうちに湛え始めるようにも見えます。


この時期、そう、去年のこの時期も、一昨年のこの時期も、そしておそらく来年のこの時期も、やっぱり緑は深くなり、繰り返される自然の法則が実感されるでしょう……か? それは本当に、繰り返し? 宇宙の歴史は、1回きりだったはずじゃ?


たとえば、去年の緑色と今年の緑色、「完全に」同じはずはない、ですよね、リクツの上では? で、先日あるお酒の席で、理工学部の数学科の先生と雑談中、ふとこの話題を振ってみました。すべて1回きりなら、「法則」って言えるんでしょうか? 先生は余裕の笑みを浮かべて答えてくれました、それはほら、区切られた時間内で繰り返す、ってことね。ああ、そうなんですか…… 


そういえば、大革命の頃のフランスの数学者に、ラプラス(Pierre-Simon Laplace・画像)がいます。彼によれば…… 昔々あるところに、悪魔がいました。悪魔は、ある瞬間の、すべての物質の動きを認識することができました。そして彼は、その瞬間から1時間後の、すべての物質の動きを言い当てることができました。1年後の、100年後の、1000年後のすべての動きが…… これが有名な「ラプラスの悪魔」です。この悪魔なら、まさに完璧な気象予報士になれます!


でもこの悪魔は、どうやら存在しえない、ということのようです。なんでも、原子の位置と運動量を同時に知ることは不可能だ、ということが証明されているらしいのです。(このあたり、「ようです」や「らしい」が連発されていることに、注意してください!)


でも、完璧な気象予報士って、ちょっと見てみたい気もします。スーツを着た悪魔、なんでしょうか?

2008年5月24日土曜日

遅ればせのご挨拶


5月19日から始めたこのブログ、今日で6日目になりますが、なぜ今ブログを始めたのかと言いますと…… 

実は現職に付いたのはこの4月からなのですが、この新天地(いい言葉です!)での自慢の同僚、管啓次郎さんにそそのかされた(!)からです。


管さんのブログ:http://monpaysnatal.blogspot.com/


管さんのような big name を今さら紹介するのもなんなので、ここでは控えておきますが…… わたしの今の楽しみの1つは、新しい同僚の先生たちと、学内食堂で昼ごはんを食べることです!


それにしても、こんな拙いブログでも、いくつか反応があったのは嬉しい驚きでした。この期に及んで、web の世界の広がりに驚嘆しています。これからも、どうぞよろしくお願いします!(遅ればせのご挨拶でした。)

<東京詩>ゼミ・1


今週の「<東京>詩」ゼミでは、吉川君がBump of chicken の3曲を使って発表をしてくれました。Bumpのことはよく知らなかったので、勉強させてもらいました。Merci !

ゼミ生の1人に、わたし同様、Bump初心者の学生がいました。彼女いわく、

マジメなんですね、Bumpって。

まあね、彼女が好きなDJ.Ozma と比べたら、たいていのミュージシャンはまじめです!(と彼女には言いませんでしたけど。)ただ、たしかに彼女の言うこともわかるのです。ほとんど初めて聞いたBumpは、ほとんど往年のフォークソングでした。だって、上京しようとする「わたし」は、鞄に物語を詰め込んで、自分なりの切符を買って、夢の置き場所を守ってるんですぜ、ダンナ、これがフォークでなくってなんでしょう? この21世紀の青春も、たとえば「神田川」の、たとえば「傘がない」の青春と、地続きの場所で繰り広げられている気がします。

ゼミではこのあと、「上京者」の意識が話題になっていったのですが、今は違うことを書きます。

昔、「傘がない」が好きでした。都会では自殺する若者が増えているけれど、自分の問題はそれじゃない、君に会いに行きたいのに傘がないことなんだ、という歌でした。甘く、切ないなあ、と思ったものです。が、やがて、(主にロックとの出会いを通して)こう思うようになりました、傘がないなら、濡れていけばいいじゃん! と。

Bumpのことはよく知らないので、いい加減なことはいえません。ただ、今Jpopと呼ばれている音楽には、まだ「傘がない」ことを気にしているものがある気がします。その悲しみ(?)を美化することで、ある種のカタルシスを得ているような…… そんなとき、おじさんはいつも思うのです、そんなことはいいんだ、走り出せよ! (と、最後は自分がフォーク風になるという、自家撞着で終わります!)

2008年5月23日金曜日

銀が泣いてる!


一昨日の水曜日、名人戦の第4局がありましたね。羽生2冠が勝ってこれで名人位に「王手」。二人の合計の持ち時間18時間のうち、残りはあと5分! という熱戦でした。


ここ数年、インターネットで将棋をしています。ほぼ毎日、まあ1局か2局。素人のへぼ将棋だから、そんなに時間はかかりません。でも人間相手のゲームは、やはり「将棋ソフト」とは違いますね。相手も自分も、たまに妙にうまい手を指したり、あるいは考えられないへまをしたり。


中学時代、「必修クラブ」という授業(?)があり、誰もが必ず、どこかのクラブに所属しなければならないことがありました。第3希望まで書き込める紙の、第1、第2になにを書いたのか、今は判然としません。わかっているのは第3希望で、それが「将棋部」だったということ。そう、わたしは将棋部に入っていました。


それはたしかに第3希望ではあったけれど、別にいやではなく、グラウンドで歓声を上げるクラスメートを横目に、覚えたての「穴熊」を試みたりするのは、それなりにスリリングなものでした。東京郊外の小さな中学校だったので、中3になると、なんとわたしが1番強かった!


そういえば、映画『王将』を見に行ったのもこのころでした。一人で、吉祥寺まで行きました。それはストーリーに惹かれたからではなく、ただあのセリフ、将棋ファンなら誰でも知っている坂田三吉のあのセリフ、


銀が泣いてる……


それを聞いてみたかったのです。もちろん、フィクションではあるのだけれど。


でその後、自分の棋力を勘違いしたわたしは、高校に入っても将棋部に入部。(これも「必修」ではありました。)なにしろ中学では敵なしだった。かかってこんかい! くらいの鼻息でした。けれども……


井の中の中学生、将棋の強い高校生を知らず。なにしろ、大人と子供というか、まったく歯が立たない。序盤だけがあり、中盤も終盤もましてクライマックスなどどこにもない。始まったとたん、急転直下、


王が泣いてる……


というわけで、わたしの「(『星の王子様』風に言えば、)将棋指しとしての人生だったかもしれないもの」は、このときすべて終わってしまったのです。


ところで最近読んだ将棋関係の本といえば、『泣き虫しょったんの奇跡』(瀬川昌司)です。瀬川さんは、サラリーマンからプロ棋士になるという、まさにジャパニーズ・ドリ-ムを実現させた人です。いい話でした。
                                               さてわたしはというと……、高校2年になると同時に転部したのでした、「映画研究部」に!

2008年5月22日木曜日

校正の仕事


今日は、NHKラジオ講座のテキスト、7月号のゲラ校正の締め切りでした。校正という仕事は、ただぼーっと見ているだけでは意味がないので、それなりに集中する必要があるのですが、これがなかなか続かない。で、気分転換のために、机に向かってやるばかりじゃなく、食卓でやったり、ソファでやったり、それにも飽きたら文房具一揃いもってスタバに行ったり。


本は、それでもまだマシなんです。というのは、2版、3版と進んでいけば、その度にまちがえを訂正できるから。(もちろん、2版にならない場合もあります。というか、多いです。そのときは…… 待ちます!)


ところがNHKテキストの場合は、重版はしません。ということは、直せない! となると、これはいつにも増してプレッシャーがかかる、かと思いきや、実は(編集のA子さんには怒られそうですが)そうでもないんです。1つには、A子さんが優秀なので、頼ってしまう。2つ目は、パートナーのレナさんが優秀なので、頼ってしまう。3つ目は、校正の方が優秀なので、頼ってしまう、からなのです!(いや、もちろんそれなりにプレッシャーは感じてますよ、ほんとに。)


校正仕事とちょっと似てるのが、試験の採点です。実はわたしの亡父も教員だった時期があるのですが、その父が採点のときに決まってかけていたレコード(でしたね、その頃はまだ。)は、テレマンの『食卓の音楽』でした。これが1番はかどるんだよ、と、父はロック小僧(=わたし。当時ね。)に何度か言っておりました。そのときはまさか、自分も同じ音楽をかけて採点するようになるなんて、考えてもみませんでしたが。


みなさんのおかげで、4月号、5月号の売れ行きは好調だったようです。ありがとうございました! 6月号は、今日で発売5日目。みなさん、こちらもよろしくお願いします。(と、今日は宣伝で終わります!)

イチゴで早起き


この季節になると、イチゴはもう、果物売り場から退席を迫られている。旬のころには、スーパーの入り口で光り輝いていたのに。甘い微風を、到着したわたしたちの鼻先で閃かせていたのに。


でも、ありました。「もう甘みが落ちています」と、悲しい札を付けられてはいたけれど、スーパーの果物コーナーの日陰の一隅(←比喩ですよ。)に、しがみつくように並んでいました。しかも、やや痛み加減だったせいで、5パック1000円で!


というわけで、今期最後の大勝負、イチゴジャム作ってみました。


手作りイチゴジャムはもちろんおいしくて、朝それを食べるのが待ち遠しかったりもするけれど、「作る」ことのダイゴミは、また別。それは、あの匂い。イチゴがゆっくり、ゆっくりとろけていく間に発散させる匂いときたら! もし天国に音楽が流れているなら、それはモーツァルトだ、なんて言ったりしますが、もしこの世界に「幸せの匂い」があるとしたら、それは、ジャムに変身しつつあるイチゴの匂いです!


作り方は、おそろしいほど簡単。ホーロー鍋にイチゴを入れ、ワーッと砂糖をかけて、あとは煮るだけ。砂糖をグラニュー糖にするとか、三温糖にするとか、あるいはちょっとリキュールを足すとか、レモンを数滴絞るとか、まあ過去には色々やってみましたが、わたしの結論は、「あんまり変わらない!」。もちろん雑草育ちで、味の違いがわからないということもありますが。


で、ほら、してきました、幸せの匂いが! ここからは、5分おきに灰汁をとり、その度にそーっとかき回すことを続けていれば……


匂い、といって思い出すのは、パトリック・ジュースキントの『香水』。主人公の「匂いのない男」は、究極の匂いを調合するために、女たちの匂いを集めてゆく…… これだけではピンときませんが、まちがいなく面白い小説です。書いたのはドイツ人ですが、舞台のほとんどはフランスです。


今ジャムは、台所で冷ましているところです。明日の朝は……、ああ、あしたは1時間目の授業があるから、6:30起きだ。でも、ジャムが待ってるから、起きられます! 

2008年5月21日水曜日

この笑い、フランス的?


昨日資料室でコピーをとっていると、ハプスブルグ家が専門の同僚(といっても大先輩なのですが)が、志ん朝のDVDを買ったんだよ、と教えてくれた。リアル・タイムで見たんですか? てやんでえ、当たりめえだろう、べらぼうめ!(このままおっしゃったわけではありません。念のため。)

わたしも志ん朝は好きだ。でも1番好きなのは、六代目円生だ。地元の図書館で借りた円生全集のカセット・テープ、すべてダビングして、通勤の往復で聞きたおしたものです! (もちろん、爆笑王三平は別格扱い。不肖わたしでさえ、ずいぶん彼に影響された気がする、今日この頃です。)

(ところで、これは驚き。「しんちょう」も「えんしょう」も、漢字に変換されない!)

というわけで、「笑い」は人気がありますね。わたしも、テレビの「お笑い番組」はよく見ます。(というか、テレビを見るなら「お笑い」がほとんど。)年末のM1も、とても楽しみにしています。
で、フランスの「笑い」の片鱗を示している映画といえば、そう、『赤ちゃんの逆襲』でしょう。

この映画は、冗談みたいな交通事故で死んだ建築家志望のさえない男が、よりによって、世の中で1番恨んでいた男(建設会社の社長)の赤ん坊として生まれ変わる、もちろん記憶は保ったまま! というお話だ。そして自分を猫かわいがりするこの社長を苦しめるには……、そうだ、オレが死んじゃえばいいんだ!

どうですか? この時点でもう、日本的ではないですね? (「フランス映画ゼミ」のみなさん、もうすぐ見ますよ!)フランス語の勉強の息抜き(にはならないかな?)に、どうぞトライしてみてください。(ただし、やや濃厚なシーンもあるので、お子様には向きませんね。)


スパークを!


学生たちと話していて、ところで先生の専門なんなんですか? と訊かれることがあります。こういうときは、あまり細かくは答えず、「まあ、文学かな」などと曖昧に言うのだけれど、すると中には、さらにこんな風に応じてくる学生もいます。


「でも文学って、マニアですよね」


これには、色んな返事が考えられるでしょう。でも文学や哲学は、学問の中の学問だよ、とか、言葉って奥が深いよ、とか…… とはいえ、彼らが「文学」を「マニア」扱いする気持ちは、実はわたしにもよく理解できるのです。


いわゆる「文学」的な仕事の中には、まさに「文学的スケール」の中にすっぽり収まっているようなものもたくさんあります。その空間は、(内部の人間がどう言おうと)厚い壁で囲われているように見えます。ただし、その閉ざされた空間で生み出される作品は、質が低いかということそんなことはなく、むしろその質は高いものだとは思うのです。だからこそ一層、壁は厚みを増して見えるのえすが……学生たちが「マニア」と言うとき、かれらがなんとなく感じていることは、このあたりに由来するのでしょう。


ただ一方で、そうした壁から出て、広い世界を仕事の場としようとする人たちもいます。彼らの仕事は、制約がない分、仕事の形を模索するところから始めなければならないわけです。比喩的に言うなら、彼らは外に出、出会い、スパークを起こす。そのスパークは彼ら自身だけでなく、その場に居合わせた人たちにも降りかかる、そしてそのスパークは街中に運ばれ、またどこかで違う色のスパークを起こす…… という感じでしょうか?


なんだか申し訳ないくらいおこがましいんですけれど、NKHのラジオ講座も、そんな小さなスパークの1つであってくれればなあと思って、作っています。電波という、大きな「場」の力を借りて。

2008年5月20日火曜日

Corneille コルネイユ でフランス語


今は昔、最初に覚えた英語の歌は、We shall overcome. これを(カタカナだけで!)覚えたときは、まだ小学生だったので、後になってこの歌の背景に公民権運動などがあったことを知ったときは、なんとなく申し訳ないことをした気がしました。

その後、英語で覚えた最初の歌は、あまりにベタで恐縮ですが、Yesterdayでした。東京郊外の中学生には、その当時のヒットソングを見つけてくるという芸当はできませんでした。

さて、なぜこんな話? かと言うと、外国語を勉強するとき「歌」を利用するのは、やはり選択肢の1つとして有効だと思うからです。(NHK講座のほうでも、7月からは、レナさんによる「歌のお姉さんコーナー!」が始まります。童謡を中心にしたレナさんの歌、かわいいですよ!)

で今日は、フランス語で歌う歌手を1人紹介したいと思います。彼の名は、Corneille(コルネイユ)。そう、あの劇作家と同じ名前です。 わたしが彼を知ったのは、暇つぶしに

http://fr.music.yahoo.com/musicvideos/genrehub.asp?genreID=7318648   ←無料です

で適当に曲を選んで聞いていたときでした。その甘い声やメロディーも魅力的でしたが、驚いたのは、彼が10代のときに、両親をあのルワンダ大虐殺でなくし、彼自身もなんとか難を逃れてドイツ、そしてフランス、カナダへと生き延びたのだ、という事実でした。(『ホテル・ルワンダ』に描かれた、あの事件です。)

当時、Corneille のCDは日本では未発売で、輸入版もない状態でした。ただそこはわれらの強い見方、アマゾン・フランスのおかげで、簡単にCDは手に入りました。やはり、いいものでした。とにかく1曲、こんなのはどうでしょうか? you tube です。

http://www.youtube.com/watch?v=Ce30bQ5AWeI

you tube になら、Corneille の画像はたくさんアップされていますが、上に挙げたものは、フランス語の歌詞がテロップで表示される「カラオケ仕様」なので…… そう、フランス語の勉強にもなります!

Corneille は去年、ついに日本版を発売しました。ただしこれは英語版なので、フランス語の勉強用なら、デビュー版か2枚目を買うことになるのですが、今はもうアマゾン・ジャパンで買うことができます。フランス語オベンキョー中のみなさん、まあだまされたと思って、上のyou tube だけでもご覧になってください!

(最後に蛇足を1つ。Corneille の発音は、コルネイルじゃないですよ? 「母音字+ ille 」だから…… 「エ・ィユ」になりますね。)


2008年5月19日月曜日

「ターナー賞展」と詩


先週、六本木ヒルズ53階の森美術館に、「ターナー賞展」を見に行ってきました。実はこの美術展、わたしが担当している「現代詩に現れた<東京>」の、レポート課題になっています。(ゼミ生のみなさん、招待券配りましたよね?)ただレポートと言っても、「美術」についてではありません。なんと言っても「東京詩」のゼミです。六本木の美術展に出かけたことを題材に、「詩」を書いてもらうことになっています。

このたった9人のゼミ、はっきり言って、かなり準備に時間をかけています。まあ、好きです、こういうテーマ。で、何の気なしに選んだ人には酷と言えば酷ですが、毎週詩を書いてもらっています。それはまあ、プロのような作品とはいきませんが、ゼミ生の書いた詩は、魅力があります。授業だけではなかなかわからない若い感覚や、価値の揺れが現れていて、好感がもてます。(「好感が持てる」なんて 感想は、ややジジクサイですが。)

で、六本木です。まずちょっとミッドタウンのほうに行くと、平日の昼間だったせいか、地図を片手に歩いている人が多く見られました。そんな雰囲気。

それから通り道のABC(青山ブックセンター)に1時間ほどひっかかり、(というのも、ここに面白いカメ ラが売っていると、同僚に教えられたので、どれどれと色々見ているうちに、あっというまに時間は経ってしまったのです!)やっと森美術館に到着。展覧自体は、現代美術としては見慣れた感じのものもありましたが、笑いも、「?」もありで、楽しめました。そしておまけは、54階のスカイデッキ。つまり、屋上。 中央にある大きめのヘリポートの周りを、ぐるっと一周、木製のデッキが組まれてあり、そこをゆるゆると歩いてゆくんです。あれが東京タワー、あのマットな建物が迎賓館、と、(智恵子のように)指差しながら。これもまた、東京。わかりやすい、1つの極点。

海からの強い風を受けながら、今回彼らはどんな詩を書くのだろう、と、思ったのでした。(楽しみにしてます!)

ヴィーナスとバッハ


昨日が公開最終日だった、「ウルビーノのヴィーナス」、先日やっと見てきました。いやあ、ヴィーナスは世の中に数々あれど、このヴィーナスには魅了されました。画家は、(そして小説家や詩人たちも、)「残る」ことを目標にしているわけではないでしょうが、どうしようもなく残ってしまう作品というものがあるようです。それがいわゆる、藝術の高さというものなのでしょうか?

フランスに限らず、ヨーロッパで絵を見るときにあったほうがいいもの、それはまず、「ギリシャ神話」への親しみ、そして2番目は「聖書への親しみ」、ということになるでしょう。

「ギリシャ神話」について言うなら、今回の展覧会でも、「エロス」や「ミネルヴァ(アテナ)」が何度となく顔を見せていた通り、やはりヨーロッパにはそれを題材にした作品が多くあります。言ってみれば、縁側で泣いているイクラちゃんとタラちゃんの絵を見る場合、あるいは、教室の片隅でたむろしているハマジたちの横顔を見る場合でも、お話全体を知っているほうが、それは絵を味わうのには有利にちがいないですね? まあ、そういうことだと思います。(ただ「ギリシャ神話」のやっかいさは、それが1つの大きなストーリーになっているわけではない、という点です。大きな木に、たくさんの実がなるような感じで、多くのエピソードが寄り添っています。)

そうそう、ちょっと話がずれますが、たとえば19世紀後半以降の絵、マネやモネからこっちなら、幸いあまり「知識」はいらない気がします。というのも、そこに描かれているのは「わたしたち庶民」なので、なんとか想像力が届く気がするからです。なにかこう、今のわたしたちの生活と、たしかに繋がっていると思えます。

話を戻すと……
え~と、あと「聖書」でした。なんだか、やっかいなものが並んでますか? ただ、これも「ギリシャ神話」、ないし「サザエさん」と同じことです。

今唐突に思い出しましたが、昔、阿刀田高さんの著作で、『ギリシャ神話を知っていますか?』という文庫がありました。入門用の第1冊目には、とても好都合だった記憶があります。それにこのシリーズには、『旧約聖書』と『新約聖書』もあったはず。これは使えます。

バッハの研究者の中には、「キリスト教が分からない人間にバッハは分からない」と言い張る人もいるようですが、まあ、そんなこともないだろうと思いたいところです。(ちなみに、わたしが今日までに聞いたCDの中で、明らかに最も繰り返し聞いたのは、バッハの無伴奏チェロを、リュートで演奏したものです。NIGEL NORTH, Bach on the lute 4枚組!)

わたしはおおむね「新しがり」のほうですが、やはり「残ってしまう」ものと向き合うと、圧倒されることもあります。そしてそれは、気持ちのいいことですね。

6月号発売


今日は5月19日。昨日は、NHKラジオ「まいにちフランス語」、6月号のテキスト発売日でした。私自身は本屋さんに寄れなかったけれど、どこかの街で手にとってくださった方、ありがとうございました! 今は東京に住んでいますが、テキストを作るときは、しょっちゅう、色んな日本の景色を思い浮かべます。特に例文を作るときなどは、この内容ならあの金沢の街並みが似合うかな、それとも大阪のにぎわいがふさわしいだろうか、などと、延々と思い巡らします。いずれにせよ、そんな街のどこかで、ラジオを聞いてくれる人がいたら、それはほんとに嬉しいことです。

で、7月号。薄紫の憎いヤツ…… ですが、ああやっとでき上がって嬉しい! という気持ちもなくはないけれど、むしろ「怖いよ~」という感じのほうが、明らかに先に立ちます。というのも、こうして完成してしまった以上、もう直しはきかないから。「まあ次の校正のとき本気で直すから」という愛用の言い訳も、ここではもう通用しない!

というわけで今回も、できたてホヤホヤの「ブツ」を前にして、まずはじっと表紙を見る。うん、こんな色ね。次はゆっくりと口絵。それからまあ、目次くらいは見てもいい。あと、各課の最初のステキなイラストも。

で、終わり。本文は…… これはほとんど見ません! 見るとしても、パラパラ漫画を見るときみたいに、目で字を追えないスピードで。そしてその理由はただ1つ、マチガエを見つけてしまうのが怖いからです!

この点については、担当の優秀編集者であるA子さんも、まったく同じみたい。怖くて見られませ~ん、という彼女の声が、わたしの思いと重なります……

というわけで、中身は(書きはしたものの)まだ見ていませんが、みなさん、今月も一緒に楽しみましょうね!