2009年5月12日火曜日

これもまた一日


今日は……火曜日? ですね。なんだかそれが分からなくなるような1日でした。

午前中はいつものゼミ。ただ残念ながら、「東京詩」のほうでは睡眠学習の学生がそこここに。う~ん、授業がつまらないのか、やる気がないのか。

今年は20人定員一杯の受講者。去年は9人だったことを思うと倍増です。とはいえ、去年は割りとみんな、参加してる人の目でした。今年は、第2、第3希望で回ってきたせいか、そういう「目」が多くありません。まあ、なんとか増えるように工夫しましょう。

(とはいえ、今日「浅草凌雲閣」について発表してくれた男子は、きっちりやってくれました。それから映画のほうは、寝てる学生はいないようでした、暗いのに! こちらはいい感じかも。)

そして昼、H君が研究室に来た、と思ったら、中国語の林先生と台湾からの留学生のKohさんが昼御飯のお誘いに来てくれて学食へ。そこでは、台湾で「村上春樹デビュー30周年」が盛り上がってる、という話など。林さんは、台湾のメディアから、寄稿の依頼があるようです。

「でもね、これ書きたいんだけど、こんな仕事受けてると、論文が進まない……
「でも書くでしょ?」
「受けていいかなあ?」
「いてこましたれ!」

という会話があったわけではありませんが、そう遠いわけでもありません(てことにしましょう)。

それからKoh さんと別れ、昨日アップしたギャラリー・ゼロに。おお、やっぱりオリジナル・プリントの美しさは格別です! 会期中、きっと何度もくるでしょう。

それから資料室によると管さんと遭遇。メビウスのこぼれ話を教えてもらって感心し、その後研究室へ。

しばらくすると、ハプスブルグのK先生が寄ってくれて、ちょっとおしゃべり。この前のアタリの提言に関連して、

「世界経済の、なんていうの、奉行役? それがいなくなると、世界戦争が起こるってのは、ウォーラーステインも言ってたな。ほら、たとえば第2次大戦てのは、それまで奉行をしていたイギリスがその役を降りた、その結果だって」
「じゃあアメリカは降りちゃダメ?」
「まあねえ。だって、その代わりができそうなとこは……なさそうじゃない?」

そして5時半。管さんのところの院生、パコ君が来てくれました。彼は、西・仏・英・日がOKというつわものですが、なんだかとてもいい子です。(男の子です。パ子じゃありません!)実は彼に、彼の出身地であるモントリオールのことを教えて欲しくて、今日約束していたのでした。

それから1時間半ほど、かなり色んなことを教えてもらいました。ハイチ人街はここ、ユダヤ人街はこっち、リトル・イタリーはそこで、中華街はここ…… 旅行案内には書いてないことばかり。

パコ君が通った高校には、そこそこハイチ系の子もいて、いきおい彼らのクレオール語をマスターしちゃう生徒たちもいたそうです。

ハイチといえば、去年の写真展が思い出されます。ちょっと前に紹介したメリッサ・ラヴォーもそう。そしてもちろん、元フージーズのリーダーにして、デスチャやシャキーラのプロデューサーとしても知られるワイクリフ・ジョン。(画像)彼はハイチの次期大統領との噂もあるようです。“もし俺が大統領になったら…… 金曜に選ばれ、土曜に暗殺され、日曜に埋葬され、月曜に仕事に戻るだろう”

というわけで、その後の帰り道では、さすがにいつもの吉本隆明の講演を聴く余力がなく、J-waveのグルーブ・ラインを聞きながら帰ってきました。フ~~