2010年5月9日日曜日

Requiescat in Pace 須山岳彦(1963-2010)・2


その次に来たのが『フラ語入門』でした。
当時わたしは、いくつかの大学で非常勤講師として働いており、
担当数は、だいたい週15コマほどでした。
もう少し多い時も、少ない時もありましたが。

で、そうした授業を通して得たことを、
つまり、学生がまちがえやすいところとか、
なにがわかれば糸がほどけるのかとか、
複数の説明のうち、どれが1番理解されるのかとか、
英語との対比はどの程度有効なのかとか、
そもそもなにを目標にして勉強したらいいのかとか、
生きるって何なのか(!)とか、
まあそうしたことがらを、フィードバックさせる場所が欲しかったわけです。
で、『フラ語入門』は、その時点でわたしが知っていたすべてを使って、
それでも楽しみながら書きました。

タケちゃんは、自由にやらせてくれました。
たしか最初に、見本原稿を作って、
それを会議で通してもらいましたが、そのあとはほんとに自由に。
そして装幀の段になると、『動詞』のとき担当してもらったカオリンに再びお願いし、
その際には西荻窪辺りで飲んだり食べたり飲んだりし、
ストライプ柄の幅なども話し合いました。
(旧版の表1の透明のガラスの。これはわたしがカオリンにお願いし、
「歪みのソフト」で作ってくれたものです。)

そうそう、『フラ語』の帯のコピー、これはほとんどすべてタケちゃん作です。
『動詞』のときの、
「カツヨー、なにそれ?」
には、わたしでさえ「これあり?」と思いました。
ありだったんですね!

考えてみると、わたしをカオリンに引き合わせてくれたのはタケちゃんでした。
そしてタケちゃんとカオリンの出会いは、なんと飲み屋だったそうです。
(つまり仕事がらみじゃなかったということ。)

その後の、『パリ24時間』や『ボンボン・ショコラ』などの教科書、
『フラ語練習』『ボキャブラ』なども、すべてタケちゃんとの合作です。

そして、わたしが初めて取り組んだ文法の教科書、
それが『ル・フランセ・クレール』です。
それまでのものは、みんな「読本」系のものだったのですが、
それは、すでに世の中にいい文法教科書がいくつかあったからです。
でも、時代は変わります。
わたしは、どの教科書もしっくりこなくなっていました。
で、初めて文法書に取り組んでみたわけです。

で、この『ル・フランセ・クレール』にはCD がついたのですが、
その録音者候補として、わたしは何人かのフランス人の名を挙げました。
が、タケちゃんはそのリストをよく見もせずに言うのです、
いい人がいるんですよ、彼女にやらせてみたいんです。
サンプルにもらった音源は、古くて声がよくわかりませんでした。
でも、タケちゃんがそこまでいうなら、いいです、その人にやってもらいましょう。

で、収録当日現れたのが、レナさんだったのです。(つづく)