2016年7月31日日曜日

pourquoi


狭いところに座ってます。


ちょっと布を広げると、
速攻で乗ってきます。

Pourquoi t'es mignonne comme ça ?

Vous avez du répondant.

今日見ていた映画の中のセリフ。

Vous avez du répondant.   

répondant   masculin (Indénombrable)

1.(Courant) Capacité à répondre aisément et avec virulence à une question, à une attaque, à un embarras. Il ne se laisse pas faire, le bougre, il a du répondant.
(wikitionnaire)

つまり、質問などに対して、うまく答える、反応する能力のことを
répondant
と言っているわけですね。
手元の辞書には、
書いていない使い方でした。




Gare du nord


レダ・カテブ(1977生まれ/イスマエル役)、
ニコル・ガルシア(1946生まれ・ピエ・ノワール/マチルド役)、
そしてフランソワ・ダミアンが出演している、

Gare du nord (「北駅」)

を見てみました。
監督は、ドキュメンタリーを多く撮ってきた
クレール・シモンです。(女性です。1955年生まれ)
北駅には、メトロ、RER、TGV、そしてEurostar も来ます。

https://www.youtube.com/watch?v=bpMudPLh21M

訳2時間の作品ですが、
その95%は、北駅の構内です。
といっても、メインのホールは広々していて、
その明るさから言っても、
ほとんど「外」ではありますが。

北駅を舞台にして、
そこで働く人たち、そこを行き交う人たちを描いているので、
ストーリーはごくシンプルです。

以下ネタバレあります*************************

イスマエルは、社会学の博士論文を書くため、
北駅で聞き取り調査をしています。
そして彼が声をかけた中に、
歴史学の教授であるマチルドがいました。
(彼女は、体の具合がよくないようです。)
イスマエルの積極さの前で、
マチルドも次第に彼にひかれてゆき、
二人はあるときついに、RERのE線のホームの陰にある、
「セックス部屋」呼ばれている物陰で、キスします。
でも、その様子は、監視カメラに収められていて、
翌日、駅職員にからかわれます。
「おまえ映ってたぞ、年取った女性と」そのせいもあってか、
彼は彼女から距離をとりますが、
彼女のほうは、
「小娘みたいに恋してるの、わたし?」
とつぶやくまでに。
(劇中の二人の年齢はわかりませんが、
リアルだと、31歳差です。
監督は、マチルダと自分を重ねているのでしょうか?)

けれど実は彼女、
どうやら化学療法を受けているらしく、
ある日、「今日が最後です。明日は手術だから」
とメールしてきます。
イスマエルはその時、
看護婦たちのデモに参加し、
北駅の線路を占拠、
駅を大混乱に陥れてようとしているときでした。
やがて警官隊が到着。
逃げるイスマエル。
そしてそれを見つけたマチルドは彼を導き、
警官の目を欺くために、熱烈なキスをします……


この二人の物語が、メインです。が、
小さなエピソード的には、
とても多くの人が出てきます。
靴屋のイラン人、
キオスクのネパール人、
(彼はボビニーに住んでいます。)
エクステを売り歩くコンゴ人、
ロマン・ギャリ―の『約束の夜明け』を落とす老人……。
そしてある父親(ダミアン)は、
家出した娘を探し続けます。

しっとりして、いい映画だと思いました。
(そうそう、幽霊も出てきます、ちょっとだけ。
そういうテイストも、少しあります。)

実はラストで、
イスマエルのもとに、
マチルドが死んだ知らせが入ります。
彼女も、北駅の幽霊になるのでしょうか。

*マチルド、と聞いて、イスマエルが歌いだすのは、この歌。
♪ Mathilde est revenue...

https://www.youtube.com/watch?v=PwSWfuk9PIs

2016年7月30日土曜日

Papa Was Not a Rolling Stone


2014年に公開された、
シルヴィー・オアイヨン(Sylvie Ohayon)監督の、

Papa Was Not a Rolling Stone

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=EjUt6acK4Qc

タイトルはもちろん、
テーンプテーションズのヒット曲、
Papa Was a Rolling Stone
から来てきます。

https://www.youtube.com/watch?v=HcSDqZVKJDU

で実際、劇中でこの曲がかかります。

さて物語ですが、
舞台は、1980年代のラ・クルヌーヴ。
パリの北東郊外です。
そしてそこには、"4000"と呼ばれる有名なシテ(団地群)があるのですが、
その住民は、映画内では
「ピエ・ノワール、アラブ人、ユダヤ人、イタリア人、ポルトガル人……」
だと紹介されますが、
その時画面に映っているのは黒人です。
この映画の登場人物たちは、みなそこに住んでいます。

ステファニーとファティマは、二人とも高校3年の親友同士。
ステフの母はユダヤ人(オール・アティカです。リアルなユダヤ人女優ですね)。
もちろん母方の親戚もみんなそうです。
父はカビール(ベルベル人)だということですが、
すぐに亡くなってしまうので、ほとんど出てきません。
つまりステフは、
アラブ系(アルジェリア系・ベルベル系)&ユダヤ系のフランス人、ですね。
また、ステフが6歳の時に来た継父は、
なにかという小さな娘をたたく、まったくダメなやつです。
フィフィは言うまでもなくアラブ系で、
ちょっとふくよかなんですが、
誰かにその点をいじられると、すごい勢いで言い返します。

(ある時、ユダヤ人の同級生に「デブ」と呼ばれ、
「メガネ野郎! あんたなんか、ナナ・ムスクリーニのくせに!」
と言い返すと、そこからつかみ合いの喧嘩になり、
ついに彼女は、
Sale juif !(汚いユダヤ人!)
と言い放つのですが、
それまで「まあまあ」という感じで二人を押させていた友達たちが、
その瞬間、
フィフィ、それはだめ、謝りなよ、
というあたり、よかったです。
ちなみにステフの継父は、
時に彼女に対し、
Sale bougnole de youpine !
と、かなりひどい差別的な罵りを吐きます。
訳は控えますが、アラブ人とユダヤ人を同時に侮辱しています。)

ステフは、勉強もできるし、
ダンスも才能に恵まれ、
このどちらかを生かして、
なんとかこの4000を
(というか、怠け者の母と暴力的な継父のもとを)
離れたいと思っています。
つまり、ペリフの向こう、「パリ」に行き、
パリ大学に行きたいのです。
でもそれを知ったフィフィは、とても怒ります。
ここが嫌なの? 私じゃいやなの?
というわけです。
フィフィは、ここで、「ふつう」に結婚して、子供を育てることを望んでいます。
「パリ」は、彼女にとって遠いです。

(フィフィは言います、
「パリにいるのはおかしな奴よ、へんな名前(プレノン)の。
冷酷な奴と、死にぞこないなの。
それにどこも車だらけ。
こことは違うから、ベンチで落ち着いておしゃべりなんてできっこないの。
危険なの、パリは」と。
これは面白いですね。
ほとんどの場合、「パリ」から、
(あるいは日本からでも、「パリ」というメガネを通して、
「郊外は危険だ」
というのが決まり文句ですから。)

ステフは、アラブ系のラバと恋に落ち、
実は妊娠してしまいます。
彼女にとっては、中絶しかないのですが、
そのお金がなくて途方に暮れていると、
いつもはダメダメな母親が、お金を用意してくれます。
「わたしが助けなかったら、だれが助けるの?」
という母親。これはいいことをしました。

結局ステフは、パリ大学に入学を許可され、
4000を離れることに。
その出発の場面、
恋人ラバの太っちょの父親も現れ、
「いい成績を取れよ。
おまえが立候補したら、
おれはお前に入れるからな。
(あんた、フランス人じゃないだろ?)
いや、フランス人さ。セ・フラン(céfran)じゃないぞ、
(れっきとした)フランス人(フランセ)さ。
なにしろ、ちょっとは豚肉だって食べるしな……
いや、ほんのちょっとだよ」
アラブのおじさんのセリフとしては、
ユーモラスで、いい感じですね。

そしてほんとの最後、
もう、ラバにとっては、もう手の届かない世界に旅立つステフに、
彼は言うのです、
「今度お前が話題になるのを聞くのは、テレビを通してだぞ、OK ?
それか、新聞か、OK ?」
ワルですが、気持ちのやさしい男の子です。

というわけなんですが、
この作品の監督の経歴を見ると、
ほとんどステフそのままなんです。
これは、自伝だったのですね。
(自分の書いた同名小説の映画化です。)
だから、80年代にする必要もあったのでしょう。
そしてステフ役のドニア・アシュール。
彼女も、父親はチュニジア系、母親はロシア系で、
彼女自身はフランス人。
そして最近では、監督業もしているようです、若いのに!

http://www.lemonde.fr/afrique/article/2015/06/19/doria-achour-un-travelling-entre-paris-et-tunis_4658141_3212.html

実を言えば、
一つの作品として見た場合、
いくつか弱いところがあると感じます。
ただ、エピソードの一つ一つが魅力的なので、
それは◎だと思いました。
「パリ」に行きたいアラブ系&ユダヤ系のステフと、
4000にとどまりたいアラブ系のフィフィ。
そこを、もっと前に出すと、
(少なくともわたしには)もっと立ち上がってくると思いました。

Tiens-toi droite と Jun Miyake

授業で久しぶりに、
『パリ警視庁:未成年特別保護部隊』
を見ることがあって、
そういえば、たとえばカリン・ヴィアールに比べると、
マリナ・フォイスの作品は
あまり見ていなかったことに気づきました。
で、とりあえず

Tiens-toi droite

を見てみました。
この作品は、3人の、
それぞれ独立心に富んだ女性たちが、
それぞれの挑戦をするうちに、
その運命が交差してゆく、というお話です。
おもしろいのは、予告編が3種類、
つまりその3人それぞれを中心に作られていることです。

まずは、ミス・ニュー・カレドニアの若いリリ。
(ただし彼女は、北フランスの炭鉱の町、Arenberg 出身。
お父さんは実際炭鉱夫で、
「男遊び」が激しい彼女は、思春期からたびたび、
親戚のいるニュー・カレに隔離され、
結局そこにいついたのでした。)
https://www.youtube.com/watch?v=I0e8fukmmRQ

たくさんの娘たちを育て、ほとんど燃え尽き寸前のサム。
(彼女の娘たちは、リリの大ファン。)
https://www.youtube.com/watch?v=VFL2bKyTEhw

そしてマリナ・フォイス演じる、人形会社の企画職についたルイーズ。
(相続したクリーニング店はつぶれましたが。)
https://www.youtube.com/watch?v=5LUJCAwys-g

で、出だしの15分ほどはいい感じなんですが、
その後は、ちょっと「イラチ」が続く感じ。
リリ役のローラ・スメット(ナタリー・バイとジョニー・アリディの娘)は、
かわいいのですが、彼女もまた、落ち着きません。

公開当時、好意的な批評は少なかったようなんですが、
題材もメンバーもいいので、
ちょっともったいなかったかもしれません。

そうそう、挿入歌は Jun Miyake(三宅純)。
「虹は遠く」も使われ、
フランス映画で日本語が聞こえてきて、
不思議な感じでした。

https://www.youtube.com/watch?v=78FxgB6MnM4

特集「〈シャルリ〉以後の世界」

「ふらんす」7月号のこの特集、
なんと、立ち読みさせてくれるそうです。

http://www.hakusuisha.co.jp/book/b239782.html


2016年7月29日金曜日

『消えた声がその名を呼ぶ』

ほとんど知識がないので、
アルメニア人と言って思い出すのは、
シルヴィー・ヴァルタン、
シャルル・アズナブール、
それからサローヤンくらいなんですが、
以前ここで触れた長編映画も、
アルメニア人移民を描いていました。

http://tomo-524.blogspot.jp/2015/07/mayrig-588-rue-paradis.html

そしてアルメニア人虐殺問題は、
今も、その認定さえ、確立されていません。
最近も、こんなことが。

http://www.asahi.com/articles/ASJ6T56YHJ6TUHBI01H.html?ref=chiezou


今日見たのは、

『消えた声がその名を呼ぶ』

https://www.youtube.com/watch?v=33ZR5VXxkQQ

この作品は、W.W.Ⅰ 当時の、アルメニア人が置かれた状況、
彼らに向けられた理不尽な暴力を背景に、
一人の父親が、
別れ別れになってしまった娘を、
どこまでも、どこまでも探してゆく物語です。
(ロードムーヴィー的でもありますが、
過酷すぎて、そうした言い方がしにくいです。
また、小さなエピソードとして、
戦後、解放されたアルメニア人が、
自分たちを苦しめてきたトルコ人に対して石を投げる場面があります。
虐殺とは比較になりませんが、
やはりこの場面があったほうが、
多少ともバランスが取れていると思いました。)

主演はタハール・ラヒム。
彼はまた一つ、いい仕事をしたのではないでしょうか。

2016年7月27日水曜日

Arrêtez-moi là

Paris というテレビ・シリーズについて、
春に書きました。

http://tomo-524.blogspot.jp/2016/03/paris-6-episodes.html

これが、とっても気に入ってしまったので、
同じ監督の作品を見てみることにしました。

Arrêtez-moi là (「そこで止めてください」)

です。
タイトルからも察せられる通り、
主人公はタクシー・ドライバーです。
レダ・カテブが演じています。

https://www.youtube.com/watch?v=DpxTulBwYZ4

ニースのタクシー・ドライバー、サンソンは、
2年前から始めたこの仕事が気に入っており、
また1年半前から付き合っている彼女もいます。
そんな彼が、
ある日、
少女の誘拐容疑で逮捕、
なんとか無実の罪であることを証明しようとしますが、
結局1年後の裁判で、懲役22年を言い渡されます。
しかし、その判決が出たとほぼ同じ瞬間、
誘拐されたはずの少女が、
遠く離れた土地で監禁されていたのが見つかります……

これはいわゆる「無実の罪」ものであるのはたしかですが、
それにニュアンスを与えているのは、
レダ・カテブ演じるサンソンの、
日常を愛する態度や、
獄中にあっても飼い猫ガーシュインを心配するやさしさなんでしょう。
一方恋人は、
彼のことが好きなんですが、信じきれない。
また誘拐された少女の母親も、
とてもいい感じの人なんですが、
やはり彼を疑います。
(まあ、無理もないでしょうが。判決は有罪だったわけだし。)

傑作でも問題作でもないけれど、
俳優の良さが目立った作品でした。
(ただ、ニースのあのプロムナードが映し出されるたび、
心が痛みましたが。)

2016年7月26日火曜日

Made in France

今日見たのは、
去年の11月18日に公開予定だったものが、
その5日前に起きた、
あのパリのテロの影響で公開が延期になり、
結局公開されないまま、
DVDとして発売された作品、

Made in France

です。
ほとんどの場合、
映画は現実の半歩後ろを行くものですが、
この作品は、半歩前を描いていたわけですね。

https://www.youtube.com/watch?v=XRTCxKPRr9s

主人公サムは、
父親がアルジェリア系の労働者、
母親はフランス人女性、
そして彼自身はムスリムで、
フランス語もアラビア語もできるジャーナリストです。
彼は、自分の置かれた文化的状況を活用し、
イスラーム過激派集団(ジハーディスト)に潜入調査を開始します。
もちろん、他の人には書けないルポルタージュをものするつもりなのでしょう。

サムの仲間は3人。
アフリカ系で、気のやさしいシディ。
やはりアフリカ系で、きわめて気の強いドリス。
そしてヨーロッパ系白人で、
その両親はブルジョワ&カトリックであるクリストフです。
(クリストフは、ユセフと改名します。)

そしてここに、パキスタンで訓練を受けた、
見るからに目がヤバイ男、ハッサンが帰ってきます。
彼はこのチームのリーダーに収まり、
テロ計画の実行を企てます。

計画が進む中、ある小さな事件の際、
血迷ったユセフが警察に発砲したため、
結果シディが警官に射殺されます。
一番気のやさしかったシディが……。

恐れを抱いたサムは、
ついに警察に駆け込み、経緯を話し助けを求めますが、
警察は、
おまえは共犯だ、
免罪してほしければ、ほんとのリーダーが誰か突き止めてこい、
と迫ります。

この後ネタバレします。>

その後、「上」から計画がハッサンを通して伝えられます。
標的は、なんとシャン・ゼリゼです。
サムは焦りますが、
「上」は誰なのか、
ハッサンは決して語りません。

そして、一番攻撃的に見えたドリスが、
別れた妻が引き取った娘への思いから、
シャン・ゼリゼ攻撃を拒否します。
「警察でも軍でも国家施設でもかまわない。
でも、子供を殺してなんになる?」
と言うのです。
ハッサンは、説得を試みますが、
それが無駄だと悟ると、彼を殺してしまいます。

(とここまでくると、赤軍派の内ゲバが思い出されます。)

そして計画のXデーが迫る中、
ついにサムの正体がハッサンに露見してしまいますが、
その中でわかったのは、
実は「上」など存在しないこと。
アラビア語さえできないハッサンは、
いかにも背後に巨大組織があるフリをしながら、
4人を自分の計画に利用していただけだったのです。
彼は、コーランさえ、ほんの一部分しか知らないのです。

警察が駆け付け、
危機一髪サムは生還しますが、
ハッサンは射殺、
ユセフは自作の爆弾の犠牲になります。
サム以外、全員死んでしまったわけです。

この映画は、こわいです。
それは、テロの怖さと、
人間が陥る狂気の怖さです。

以前、Ne m'abandonne pas という映画について書きました。

http://tomo-524.blogspot.jp/2016/05/ne-mabandonne-pas.html

こうした映画が連続して作られること自体、
いかに今が、テロの時代かということを物語っているのでしょう。

パリ・プラージュ


いいなあ。
行きたいなあ……(涙)。

『鏡のなかのボードレール』書評

池澤夏樹による書評です。
もちろん本も素晴らしいわけですが、
書評もさすが。

http://mainichi.jp/articles/20160724/ddm/015/070/009000c

2016年7月25日月曜日

Nous trois ou rien

去年公開され、
レイラ・ベクティが出ているので楽しみにしていた映画、

Nous trois ou rien (『3人じゃなきゃ』)

を見てみました。
(昨秋の東京映画祭で上映されたようです。
その時のタイトルは、「スリー・オブ・アス」)


監督・脚本・主演は、人気コメディアンのケイロン。


で、この映画は、監督であるケイロンが、
自分の父親であるヒバット・タビブの人生を、
実話に基づいて描いたものです。
物語は、1955年のイラン南部の村から始まり、
ヒバットの政治への目覚め、
反政府活動による7年半に及ぶ投獄、
そしてその後のフェレシュテ(=レイラ)との出会い&結婚、
そして赤ちゃんを連れて3人で、
再び迫ってきた政府の追ってから逃げ回る日々……。
とここまでで半分ちょっと。
その後、各地を転々とした後、
ついに、パリ郊外のスタンに到着します。
一時的なものだったはずの滞在ですが、
そこに3人は定住し、
地域とも深くかかわっていくことになるのです。

物語の1つの結節点は、
1979年のイラン・イスラーム革命でしょう。
これによりシャーは退きましたが、
ヒバットたちが望んでいた民主主義はホメイニによって否定されます。
その結果、ヒバットや仲間たちは、それぞれ、
イランに残るか、外国へ向かうか、
重い選択を迫られることになるわけです。

全体のトーンはコメディーで、
笑えるジョークもたくさんあります。が、
描かれている内容は、とても笑えないものばかり。
この落差が、このフィルムの1つの特徴なんでしょう。

民主主義を目指したイラン人青年の人生。
そのパリでの後半生。
日本版が出たら、
ぜひ「ワールド映画ゼミ」で使いたいと思います。

Un Français と『憎しみ』

きのう Un Français のことを書きましたが、
少しだけ追加の感想を。

この映画は、スキンヘッズのことを描いていたわけですが、
フランス映画史上、スキンヘッズと言って思い出されるのは、
やはり『憎しみ』の、
あの3人ともめたワカモノたちでしょう。
カソヴィッツ自身も演じた男は、
ヴィンス(V.カッセル)に殺されかかったのでしたね。

そして、

『憎しみ』が1995年公開で、
Un Françaisの冒頭が1994~5だということは、
おお、ぴったり時代が合っています。
彼らは、彼らだったのかもしれません。

とはいえ、場所の問題もあります。
『憎しみ』は、シャントルー=レ=ヴィーニュ。
Un Français は(おそらく)ポワシー。
おお、隣です!

この2作の繋がりを感じさせるものが、
もう1つあります。
それは、ミケランジェロの「アダムの創造」です。


この絵は、両者に登場するんですが、
Un Français のほうでは、絵の上に、もちろん白ペンキで、
White Power
と殴り書きされているのです。
監督が、『憎しみ』を意識しているのは、
ほぼ間違いないと思います。
探せば、きっともっと見つかるでしょう。

2016年7月24日日曜日

Uu Français

Un Français(2014) という映画を見てみました。
(『フレンチ・ブラッド』という邦題で、日本でも、
今年初めのマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル2016において、
期間限定で配信されていたようです。
つまり、字幕版も存在はするんですね。)

https://www.youtube.com/watch?v=hBZGOCXf3KQ

この作品、公開時には、
なかなかの「話題」になったようです。
というのも、中心的に描かれるのが、
極右のスキンヘッドたちだからです。

この100分に満たない映画の時間的舞台は、
1994~2013の19年間です。
もちろん、時間はとびとびに繋がれ、
確かに飛躍はあるのですが、
わたしには、それはぜんぜん不自然には感じられませんでした。

主人公はマルコ。
彼は、仲間のスキンヘッズたちと、
アラブ人、黒人、ユダヤ人たちを、
手あたり次第痛めつけては、日々を送っています。
ほぼ、ナオ・ナチだと言ってもよさそうです。
けれどマルコは、そうした憎しみと暴力の日々に、
だんだん疲れてきます。
結婚して子供まで作ったコリーヌとも、
彼女の極右的過激さゆえ、
うまくいかなくなり、
結局マルコは、仲間とも妻とも離れ、
いわば「まっとうな」人生を歩み始めます。
(ただし、かつての仲間が逮捕されれば面会に行くし、
入院すれば会いにも行きます。いい人です。)
一方、かつての仲間の一人は、
本を書き、ついには政治家として活動を始めます。
もちろん、極右の政治家です。
マルコと彼らの距離は、
もう、もとには戻らないところまで行き着きます……。

この映画の中では、3回、
フランス国歌が歌われる場面があります。
まずは、まだマルコがバリバリのスキンヘッズだった頃のこと。
ほんとになんでもない、
ごくごくふつうの小さなカフェに押し掛けたマルコたちは、
店主に包丁を突き付けた上で、
静かにお茶とゲームを楽しんでいたアラブ系の老人3人に対し、
テーブルをゲームごとひっくり返し、
立たせ、並ばせ、
そして国歌を歌うことを強要するのです。
2度目は、ある豪壮な邸宅内でのこと。
極右の連中(そこには多くの背広組もいます)の集まりにおいて、
ル・ペン父がニュースに現れた後、
彼らは国歌を合唱するのです。
ただしマルコは、その輪に加わりません。
そして3度目は、1998年のワールドカップ決勝戦が中継されている、
海の家でのこと。
店主もマルコも客たちも、
レ・ブルーの活躍に、
喜びに満ちた国歌を歌うのですが、
そこには、黒人も、アラブ人もいるのです。
そして今度はマルコも、一緒に歌います。
(この場面の直後、やはり極右のマルコの妻は、夫に向って、
「アラブ野郎がフランスを優勝させたからって、何が面白いの?」
と食って掛かります。)
これら3度の国歌の場面は、
マルコの変化をはっきりと示しているのでしょう。
巧みな演出だと思いました。

ネット上で見てみると、
完全に毀誉褒貶ですが、
わたしは、いい映画だと思いました。
タイトルの「一人のフランス人」は、
マルコでもあり、仲間の一人一人でもあり、
要は、このフィルムに登場するすべての一人一人なのでしょう。

エンディングは、2013年に行われた、
mariage pour tous(=つまりは、同性婚を認めること)に反対する極右たちの、
かなり大掛かりなデモの様子がテレビに映し出されます。
ミッテラン引退の時代に始まり、
1998を経て、
2013に至っても、
極右は依然として、強烈に、
存在しているのでした。

「セクシュアリティマップ」

昨日見た『不機嫌なママにメルシー』には、
セクシャル・ダイヴァーシティーという視点も一応ありました。
この「セクシュアリティマップ」には、
12通りのありようが列挙されていて、
わかりやすいです。


これ、授業で使おうと思って、
プリントまで作ったのですが、
結局時間がなくて、お蔵入りになってしまいました。




2016年7月23日土曜日

『不機嫌なママにメルシー』

手元にあったので見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=IuvIE8uD71c

一人二役は、たしかに驚異的でしたが、
まあ、それ以外は……
ナヌー・ガルシア、ダイアン・クルーガー、レダ・カテブと、
脇役に期待しましたが、
出番は多くなく……

以上!

「ふらんす」8月号、発売

8月号は、「オリンピックの楽しみ方」です。

http://www.hakusuisha.co.jp/book/?book_no=243358

「映画の向こうにパリが見える」は、
<それでもこの街しかない>
と銘打ち、『友よ、裏切りの街に眠れ』を取り上げました。
原題の Un p’tit gars de Ménilmontant からも明らかなように、
舞台はメニルモンタンです。

https://www.youtube.com/watch?v=EI1bmR4A4mA

メニルモンタンといえば、映画のなかでも出てきたシャルル・トレネのこの曲。

https://www.youtube.com/watch?v=KECtE-1S9HE

まあ、映画全体の雰囲気は、
この曲調とはだいぶ違うんですけどね。

よろしければ!





アイヌの

まだまだ、
氷山の一角ですね。

http://www.asahi.com/articles/ASJ7H4S2NJ7HIIPE01B.html

くぼたさんも先日指摘なさっていましたが、
おととい書いたサラ・バートマンの話と、
まっすぐ繋がっているでしょう。

小野正嗣さん、インタヴュー

http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/15/intervew-of-masatsugu-ono_n_11010034.html

もしも「美しい日本」なるものがあるとしたら、
その「美しさ」は、
純粋さからはほど遠い雑種的な成り立ちを持っているものだと思います。

*****************************

同感です。
「雑種」って、いいですね。

2016年7月22日金曜日

総文・前期締め

今日は、われらが総合文化教室の、
前期終わりのお疲れさま会がありました。
(本来はあと一週間後くらいなんですが、
その日は出席できない人が多く、
今日に繰り上げです。)

大学勤めには、
授業はもちろん、
いわゆる「研究成果」を求められもするし、
なかなかの量の学内業務も(もれなく)付いてきますが、
この総合文化教室の一員でいられることは、
わたしにとっては、
これ以上ないくらいの幸運だと思っています。
どの先生の話もおもしろいし、
またこちらが何をしゃべっても、聞いてくれます。
というか、それに絡んで話を(いい意味で)複雑にしてくれます。
ふだんはなかなかゆっくり話せないのですが、
こんな時には、ほんとに総文の良さを実感します。
感謝。

Vénus noire

ケシシュ監督のVénus noire(『黒いヴィーナス』)は、
もちろんその存在は気になっていたものの、
舞台が19世紀前半だということもあり、
なかなか手が伸びずにいました。
ただ、先週のイベントに関連して、
ここで見ないといつ見る!
と思って、見てみました。
YouTube に、フランス語字幕の完全版がありました。
(画像は、DVDよりかなり荒いですが。)

https://www.youtube.com/watch?v=3rKZ9rhnylY

この映画は、サラ・バートマンという女性の、
後半生を描いています。
南ア出身で黒人(ホッテントット←これは蔑称)である彼女は、
「このままここにいても、一生メイドとして過ごすだけ。
一緒にイギリスに行って、一稼ぎして、
そのあとまたここに戻り、
優雅に暮らせばいいじゃないか」
という白人の口車に乗り、イギリスに渡ります。
けれど、待っていたのは……
彼女は、見世物小屋で檻に入れられ、人間と獣の中間的存在として、
劣った種として、
縁日の呼び物となります。
もちろんそれは、
彼女が期待していた仕事とは程遠く、
彼女の自尊心は踏みにじられます。
そして客足が遠のくと、
今度はフランス人とともにパリに渡り、
そこでもまた、さらにエスカレートした役割を演じさせられます。
そして……やがて興行主から見捨てられたサラは娼婦となり、
そこで病気を発症し、
売春宿さえ追われ、街角に立つことに。
さらに、死に絶えた彼女の体は、
解剖のサンプルとして、
高値で売り飛ばされてしまいます。
(そして標本となった彼女の肉体の断片は、
なんと、1974年まで、
パリのMusée de l'Homme に展示されていました。
でも、その後南アが返還を要求し、
2002年、サラは生まれ故郷の大地に戻ることができました。)

いい映画だと思います。
この作品を見たので、
これで(やっと)ケシシュ作品は全部見たことになりますが、
このVénus noire がそのリストにあるのとないのとでは、
全体の印象に大きな違いがあると感じました。
日本では、『アデル』の監督として知られているわけですが、
あの『身をかわして』だけでなく、
こんなフィルムも撮っているんですね。

植民地と宗主国の関係、
その間に生まれる(アンビヴァレントな)視線。
サラの肉体は、その視線そのものを体現しているようです。

2016年7月20日水曜日

メラニーは

クッツェーは、魅力的な小説家です。
ノーベル賞作家ですから、
なんというか、古典的で正統的なものかと構えてしまいがちですが、
実際はきわめて現代的で、ストーリー・テラーとしても一級で、
しかも、そのいわば読みやすい文章の奥に、
簡単にはほどけない魅力的な謎が、
絡まるように伏流しているのです。
(全然ちがうんですが、ふと、ウェルベックを思い出したりもします。)

そのクッツェーの作品の中で、
文庫にもなっていて手に取りやすいものの一つが、
『恥辱』です。
この小説の仕掛けについては、
『鏡のなかのボードレール』、およびくぼたさんに教えられるまで、
見逃していたことがいくつもありました。
たとえば、メラニーという女子大学生についてもその一つです。

http://esperanzasroom.blogspot.jp/2016/07/blog-post_20.html

こんな貴重な指摘を、
ブログで公開してくれるなんて、
くぼたさん、なんとふとっぱらな!


2016年7月19日火曜日

15e

『フラ語入門』、
おかげさまで15刷りとなりました。
いつもながら、使っていただいたみなさんに、感謝。
(これから使ってくれるだろうみなさんにも、感謝 par avance。)
ちゃんと役に立ってるといいんですが。

       ◆

今日の授業で、2つの総合文化ゼミ、
「パリを歩く」と「ワールド映画」、
ともに無事終了しました。
特に前者は、か~な~りレポートがきつかったのですが、
ほとんどの人がついてきてくれて、嬉しかったです。
ほんとは、半期じゃなく、1年かけて成長を見届けたいのですが、
カリキュラム上、それは難しいので、
どうしても濃くなってしまうのでした。
学生のみなさんは、お疲れ様でした!

2016年7月18日月曜日

多和田葉子インタビュー

http://www.newsdigest.de/newsde/features/7929-yoko-tawada.html

『「違和感」は、人間について考え直すチャンス』

Manon × 2


Manon のソファ、
夏ヴァージョンに変更。

でもその後、背中に「ハゲ」があるのを発見。
病院で検査して、
「たぶんなにかの菌でしょう」あとは、検査の結果待ちです。
で、また、あのTシャツを着せられています。







2016年7月17日日曜日

「語学学習用イヤホン」

「人の声のみがくっきりして聞き取りやすく、
外音の遮音性にも優れている」イヤホンだそうです。

http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/pickup/15/1003590/070700364/?ST=trnmobile&P=2

ただ現実には、
周りは音だらけなので、
最終的には、
そうした状況での聞き取りが必要になるわけですが。
(あえて周囲の物音を取り入れている学習用CD もあるのは、
そのためでしょう。
『フラ語デート会話』もそうです。
「つゆだくだく、一丁!」
とかね。)

申請そのものが「できないように」

なんの申請かというと、
「原発差し止め仮処分」の申請なんですね。
申請できないなら、止められることもありません。
何言哉。

http://www.asahi.com/articles/ASJ7F55ZRJ7FPLFA005.html

そして、これもあります。
沖縄の保育所、幼稚園、小中学校のエアコン補助廃止。

http://ryukyushimpo.jp/news/entry-317153.html

何言哉。

「黒い女たちの影とともにたどる旅」を終えて

というわけで、

「黒い女たちの影とともにたどる旅
ボードレールからクッツェーまで」
『鏡のなかのボードレール』(共和国)刊行記念

無事終了しました。
来てくださった方たちは、
とてもウォームに、かつ熱心に聞いてくださり、
とてもありがたいことでした。
このイベントは、なんといっても、くぼたさんの新著、
『鏡のなかのボードレール』
の魅力を伝えることが重要だったのですが、
それは著者自らが、
その肉声を通じてさまざまな切り口から語ってくださり、
またぱくきょんみさんの朗読
(『鏡のなかのボードレール』に所収の、
ジャンヌ・デュヴァルの視点によるライティング・バックによる短編)
も側面から強力に支持し、
かなりの程度成功したのではないかと思っています。
(イベント後の書籍販売は、異例の売り上げだったようです。
もちろんそれは、もともとの書籍の斬新さがあってこそですが。)
わたしはほぼうろうろしていただけですが、
でも、参加させていただけて、光栄でした。
打ち上げでは、かつて
『エキゾチック・パリ案内』
でお世話になった編集のMさんとも再会でき、
また、著名な詩人たちのご尊顔を拝することができ、
楽しい時間となりました。
ほんとに、参加させていただいてよかったです!

http://esperanzasroom.blogspot.jp/

2016年7月15日金曜日

いよいよ明日

B&B、いよいよ明日になりました。
この数日は、明日の準備一本に集中しています。
もちろんメインはくぼたのぞみさんのお話を伺うことなんですが、
多少とも、話しやすい環境を作れれば、という感じで。
それにしても、イベントの副題にある、
「ボードレールからクッツェーまで」
は、日本には、
くぼたさん以外にできる人はいないんじゃないでしょうか?
この大物二人(方や19世紀フランスの、方や20世紀南アフリカの)が、
どう繋がるのか?
その繋がりの発見は、何を意味するのか?
さらにそれは、わたしたちの<今>の何を照らすのか?
その辺を、ぜひ伺ってみたいと思います。

お席には、まだ「若干の余裕」(©こんぺい)があるようです。
お待ちしています!

2016年7月12日火曜日

土曜日(『鏡のなかのボードレール』)

さて、土曜のB&B のイベントが近づいてきました。

http://bookandbeer.com/event/20160716_baudelaire/

今回のメインは、くぼたのぞみさんの新著、

『鏡のなかのボードレール』

です。

くぼたさんにとってボードレールは、
学生時代から読み込んでいた詩人であり、
また、その後の分厚く濃密でしかも広い視野のお仕事が、
その読みを一層深めているのがよ~く伝わってきました。
それは、単に19世紀の詩人を読むことではなく、
現代までを貫く、1つの視線の経験だとも言えるようです。

ボードレールは、実はわたしにとっても、
もしかしたら1番好きな詩人かもしれません。
(フランスに限れば、ということですが。)
『鏡のなかのボードレール』を読んでいて、
つい原文に当たってしまい、
そうなるとほかの翻訳も引っ張り出したりして、
なんだか、大学院時代に戻ったような、
懐かしい気分になったのでした。

ちなみに、
単なるクッツェーの一読者として言うなら、
わたしは『マイケル・K』が一番グッときました。
もしまだでしたら、こちらもぜひ。

2016年7月10日日曜日

『清岡卓行の円形広場』書評

佐々木幹朗さんによる書評です。

http://www.sankei.com/life/news/160710/lif1607100017-n1.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

「甘美な地獄」というのは、
たしかに「らしい」です。

2016年7月9日土曜日

こんなポトラック


昨日は、リバティー・アカデミー「フランス語講座」の、
前期最終日でした。
生徒さんたちは、お疲れ様でした!
Vous avez bien travaillé !

で、授業終了後は、持ち寄りランチ会を開催。
それが上の写真なんですが、
これ、なかなか豪華でしょう!
サラダありサンドイッチあり鮨ありケーキありフルーツありで、
とてもおいしかったです。
腕を振るってくださった生徒さんたちに、感謝!

決勝へ


きましたねえ!

グリーズマン、スーパー・スターへの道をまっしぐらです。

https://www.youtube.com/watch?v=akx00oNWBuE

でもドイツも、さすが。


2016年7月8日金曜日

準決勝は

euro 2016 も、いよいよ大詰め。
フランスードイツ の準決勝が、
あと3時間半後、午前4時に始まります。
1958年といいますから、かれこれ50数年、
フランスはドイツに勝ったことがないわけですが、
今、フランスは好調。
どうでしょうか!?
(地上波の放送がないのがかなり痛いです。
なぜ?)

ここまでの試合の動画は、
ここで復習できます。

http://www.tv-asahi.co.jp/euro_soccer/movie/14/#mov_hl

2016年7月3日日曜日

PC 復活

今日は暑かったですね!
最近は、あまり冷たいものは摂らないんですが、
さすがに今日は、
アイス煎茶だのアイス・デカフェだのこくしぼりライム&レモンだのカルピスだの、
冷たいものを多く飲んでしまいました。

ところでここ数日、
PC がご機嫌斜めで、
最初はウイルスかと思ったんですが、
みっちりスキャンしても何もなくて、
でもどんどん動かなくなり、
ついにリカヴァリーすることに。
まあ、データはこまめにとってあるので、
それは大丈夫なんですが。
(なにしろ、内容はともかく、
発表してない完成論文が2本ありますから、
これだけはなんとしても消させません!)

で、その後もいろいろ(リンクが開かないとか)あって、
やっとさっき、PC が完全に復活してくれました。
よかった~!
今はレポートも、ネット提出&ネットでコメント、ですから、
ないわけにはゆきません。
さっそく明日は、30本ほどのレポート読みです。
また暑いのかな?



Manon glisse sur le couloir.


ドアの下から指を出すと、
すごい勢いで滑り込んできます。
(そして、目が合いました!)